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     歌う医学博士・Hideが行く
                        */

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  総集編7.医療の荒野を耕そう(完全版)
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こんにちは。Hideです。


Vol.100のアンケートにご協力下さった方々、もしいらっしゃれば、重ねて本当に
すみませんでした。せっかくお時間とご労力を割いて下さった物ですから、
是非とも拝見したいので、どうか

hide@helio-trope.com

までご再送下さい。伏してお願い致します。

当然締め切りも、3月4日まで延長しますのでお知らせします。


さて、タメ口モードに戻ろう(苦笑)。今日は余り時間がないし、また音楽ネタに行く前に
この話題にけりをつけておきたいので、Vol.93.,96.,97.,そして99.の本題を、
ブラッシュアップして一つにまとめておく。ではスタート!


僕はバイト先の病院に、週2日行っている。外来は、週1回午前中やっている。
一応、糖尿病外来だ(糖尿病でない患者さんも、何人かはおみえだが)。

実は僕は大学の医局で、糖尿病グループにいた。うちの医局は、伝統的に消化器系とかが
強い所だったが、僕はその中で、あえて糖尿病グループを選んだひねくれ者だ。

どうしてかと言うと、もともとは胃カメラや大腸ファイバー(カメラの事だ)等をやる、
「内視鏡(これもカメラの事)」のグループに入ろうと思っていたのだが、
どうも虫が好かない先輩が多かったからだ。また胃カメラや大腸ファイバー(カメラ)は
ともかく、"ERCP" と言う膵臓とかの検査とか、「静脈瘤」という食道や胃の血管のこぶ
(破裂すると大出血する)に対して、カメラを使って注射して治す治療とか
(「硬化療法」と言う)、そういう特殊な事が出来ても、開業したら余り役に立たないと
思ったのもある。

でも一番の理由は、糖尿病グループのボスが好きだったからだ(一部と言うか一人の
兄弟子や姉弟子とは、余りウマが合わなかったが)。

話を元に戻そう(大学での修行時代の話は、機会があればまたもっと詳しくしよう)。
そういうわけで、今回初めての糖尿病の専門外来だったので、そういう意味では
うれしかった(B病院(僕のHP

http://www.helio-trope.com/

の、「メールマガジンバックナンバー」の、Vol.11, 1215あたりを乞うご高覧)でも
専門外来はあったが、胃カメラが出来るからというただそれだけの理由で、
消化器グループに配属されたので、消化器の専門外来をやっていた)。

ところがどっこい、ふたを開けてみると、これがまさに「医療の荒野」だった。
以前にも書いたが、有名病院だから立派な糖尿病外来かと思っていたら、
これがとんでもハップンだった。

これが何故かを説明するためには、糖尿病に関する知識が必要だ。ある先生(仮に、
「W先生」としよう。僕が尊敬する糖尿病医だ)が、糖尿病について素人さん向けに、
とても分かりやすい文章を書いている。匿名を希望されているので、お名前は出さないが
全文を引用しておこう(以下引用)。

糖尿病の話

私の専門であります、糖尿病のお話です。

日本の糖尿病人口は、誰がどういう数え方をしたのか知りませんが、500万ないし
600万人だそうです。 私の外来での印象でも、高血圧などとの比較ですが、その位は
いらっしゃるような気がします。つまり結婚式で100人集まれば、5人くらいは
患者さんがいるという事になりますね。しかしこれほどポピュラーな病気ですが、
どうも余り正確に知られているとは言い難いようです。これから私が、その誤解を
一つ一つ解きほぐして行く事にしましょう。

さて物を正確に知るには、まず定義(「定義」と申しますのは、糖尿病なら
「糖尿病とはどんな病気か」という事です)に帰る事でしょう。現在の医学界での
糖尿病の定義は、大体こんな所です。

「インスリン作用の絶対的または相対的な不足により起こる、高血糖を中心とした
種々の代謝異常」

どうかここで読まれるのを止めないで下さい。これだけで済ます気はもちろん
ございません。この中の言葉をーつーつ解説致しましたら、糖尿病の本体に迫って行けると
思えばこそです。

まず「インスリン」とは、「血糖」即ち血液の中のブドウ糖(砂糖ではありません)を
減少させる「ホルモン」です。ホルモンとは、体の中の臓器──インスリンの場合は
膵臓──から血液の中に放出され、血液の流れに乗って体の他の器官に到達し、
その働きを調節する物質の事です。ちなみに「ホルモン焼き」とは何の関係も
ございません。私たちの体の中には、実に多種多様なホルモンが有りますが、
血糖を下げる方向に働くホルモンはインスリンだけです。いかに低血糖が恐ろしいか、
これでお察し頂けるのではないでしょうか。

私たちの血糖は、これらのホルモンによりまして、朝一番の食前でしたら64から
110ミリグラム毎デシリットル(以下単位は略します)に通常保たれています。
ちょうど財布の中身のようなものですね。100万円持っているからと言って、
それを全部財布に入れて持ち歩く人は普通いないでしょう(今は亡き城南電気の
社長さんは別ですが)。人にもよるでしょうが、90から95万円くらいは銀行に
預けておくのではないでしょうか。

血糖が財布の中のお金だとしますと、銀行は主に肝臓や筋肉や脂肪組織などの「細胞」
──身体を作る最小単位──です。糖はこれらの細胞で、貯蔵されたり利用されたりします。
細胞銀行には、「血糖を預金したい」と言うインスリンの要求を聞く窓口のような所が
有り、これを「受容体」と申します。しかしこの受容体窓口は、サービス業に
あるまじき事ですが、余りインスリンが増えると減ってしまいます。結果として
インスリンの「作用」──働きの事です──は減少し、血糖は上がってしまいます。
肥満が糖尿病を誘発し、また悪化させるのは、この窓口閉鎖が起こるからです。
また糖尿病の患者さんではインスリン作用が不足しているのですから、無駄使い
──過剰に栄養分(特にカロリー)を体に取り込み、インスリンの負担を増やす事──は
良くないのはお分りですね。

「甘い物を食べると糖尿病になる(あるいは悪くなる)」とお考えの方もいらっしゃる
ようです。もちろん甘い物の食べ過ぎは良くは有りませんが、甘くない物でも同じ事です。
1日の制限力ロリーを指示致しますので、どうかその範囲内でお召し上がり下さい。
これをまとめますと、

「甘い物を食べなくても糖尿病になる。逆に甘い物を食べても糖尿病にならない事も
いくらでもある。」という事です。

次へ進みましょう。「絶対的または相対的」なインスリン作用の不足ですが、
絶対的に不足する場合は「インスリン依存性糖尿病」、相対的な湯合は「非インスリン
依存性糖尿病)と申します。しかし、糖尿病患者さんの90〜95%は後者ですので、
これからは後者を念頭に置いて話を進めます。前者についてーつだけ。前者の場合は、
インスリンが絶対的に不足しているのですから、最初からインスリンを外から
──つまり注射で──補わないと生命が維持できません。ちなみに、昔ジャイアンツに
いましたガリクソン投手はこのタイプです。後者につきましては、生存のためには
通常インスリンは必要ではありません。

折り返し点を過ぎました。「高血糖を中心とした」ということは、糖尿病の診断は
血糖で行うという事です。朝一番、食前の血糖(空腹時血糖と申します)が126以上、
または時間を問わず(随時血糖と申します)200以上なら糖尿病と診断します。

ここで申し上げたいのは、「糖尿病」という名前だからと言って尿糖で診断するのでは
ないという事です。尿糖は、血糖が170から180以上にならないと普通出て来ません。
従いまして特に空腹時の尿では、糖尿病の基準を満たす血糖でも、軽症の場合尿糖が
出て来ません。逆に「腎性糖尿」と申しまして、170や180よりもっともっと低い血糖でも
尿糖が出る、一種の特異体質の方も結構いらっしゃいます。こういった方に糖尿病の薬を
お出しして、低血糖で亡くならせてしまった不勉強な医者もかつていたそうです
(普通医者の試験のとき、勉強すると思うのですが...)。以上まとめますと、

「尿に糖が出るからと言って糖尿病とは限らない。逆に尿に糖が出 ないからと言って
糠尿病でないとは限らない。」という事です。

さて、空腹時の血糖は110が上限だと前に申しました。それなら111以上126未満の方は
どうなるのかと思われるでしょう。こういった方は、「ブドウ糖負荷試験」と言う
精密検査をやって、果たして糖尿病なのか、それとも「境界型」、つまり病気とも正常とも
つかない状態なのかはっきりさせねばなりません。それは治療方針が違ってくるからです。
基準値等につきましては割愛させて頂きますが、負荷後2時間の血糖が200以上なら
糖尿病である事だけ申し上げておきましょう(前述の随時血糖の基準と同じですね)。

ちなみにホルモン系の病気や肝臓病などでも、血糖が増加する事がありますので、
この検査がそういった病気と区別をつけるのに役立つ事もあります(まあその目的では
めったにやりませんが...)。また膵臓の病気のためインスリンの分泌が減る事も
有りますので、一度はおなかの超音波(エコー)もしておきましょう。

最後に「種々の代謝異常」ですが、代謝とは栄養分が私たちの体内で分解されたり、
逆に合成されたりする事です。先ほど申しました、糖の貯蔵──この際糖はさらに
大きい分子に合成されます──や分解も代謝です。しかし糖尿病では、糖だけでなく
脂肪やたんぱく質の代謝も異常をきたします。ですから血糖さえコントロールすれば
それでいいというものではありません。必ずコレステロールなども定期的に測りましょう。

さて、そもそも血糖コントロールがなぜ大切なのかと言う事ですが、それは
「風邪は万病のもと」ならぬ「糖尿病は万病のもと」だからです。コントロールが
良くないと、身体中の血管が傷んで来ます。「糖尿病は血管の病」とも言えるでしょう。
糖尿病に特有なのは細い血管の障害で、目──正確には「網膜」と言う光を感じる所──や
腎臓、神経などがだめになって行きます。目がだめになると失明しますし、腎臓だと
週に3回3時間人工腎臓につながれ、好きなものもなかなか食べられなくなります。
また動脈硬化も起こりやすく、ひいては心臓発作や脳卒中に結びつきます。
こういった害を、「合併症」と言います。またガンも発生しやすいですし、
いろいろなばい菌による病気も起こります。但し、コントロールが良ければまず大丈夫です。
以上まとめますと、

「糖尿病は決して怖くない(ただしコントロールが良ければ)」と言う事です。

コントロール目標は一概には言えませんが、是非ともクリアーしたいレベルは、
空腹時血糖140以下、随時血糖(普通食後2時間)200以下、あとヘモグロビンA1cと言う
最近1ないし2か月の血糖コントロールを示す検査が7.0%以下、また血液中の脂肪正常、
標準体重の維持、合併症の進展が無い事などです。合併症の検査にもご協力下さい。

最後に治療法ですが、前述の食養生と場合により運動が基本です。それで
コントロール困難なら、例によって薬の出番です。一番良く使われているタイプの薬は
インスリンの分泌を促し、また細胞でのインスリンの働きを強めます。それでも
まだ駄目なら、インスリン注射の出番です。

副作用について一つだけ。薬も注射も、低血糖が起こる危険はやはりどうしても有ります。
いいコントロールを達成するための必要悪でしょう。冷や汗、動悸、異常におなかが
減ったり意識が薄れる等の症状があれば、すぐ砂糖を飲んで下さい(但し糖分の吸収を
押さえる薬をご使用の方は、ただの砂糖では効きません。我々が処方致しました
ブドウ糖をご使用下さい)。それでも効かなければ、すぐに最寄りの病院に
いらして下さい。重症の低血糖が長引くと命にかかわります。また注意を一つ。
薬や注射を増やして、カロリーをたくさんとろうなどと考えないで下さい。
とった栄養が身につきすぎて肥満し、効かなくなってまた薬や注射を増やして
また肥満して...のいたちごっこになります。

それでは皆様、どうかお大事になさって下さい。

(引用終わり)

さてその外来が、具体的にどうひどいのか、そして僕がそれをどう
立て直そうとして、どう苦労しているのかを書いて行こう。

繰り返しておく。僕が引き継いだ外来は、まさに「医療の荒野」だった。

ただ、今の病院の名誉(?)のために言っておくと、今まで人の外来を引き継いで、
感心したためしはないのだが。大体は「何つうええ加減さや!!」とか、
「やる気あるんかこいつは?!」とか、思わせられっぱなしだった。

ちゃんとしていたのは大学の外来か、B病院の一部の外来くらいのものだろう。
後者からは、2ページごとに患者さんのメインの病名を、リストアップしておく事を
学んだ。確かにそうすれば、何の病気か分からず患者さんを診ているような事はなくなる
(ちなみにM病院(僕のHP

http://www.helio-trope.com/

の、「メールマガジンバックナンバー」のVol.40を乞うご高覧)では、金儲けのために
採血はマメにやっていた。その事自体は悪くはないのだが、肝心の「この病気なら、
この採血項目がないと診ているとは言えない」項目を、往々にして全くやっていなかった。
やはり他の科の医者が、内科を診れるような顔をして診ている病院はダメだ)。

今の病院に話を戻そう。どうひどいのかと言うと、糖尿病外来のくせして、何ヶ月も
ヘモグロビンA1cを測っていない。患者さんに、カロリー制限のための栄養指導を
全くやっていない人がゴマンといる。何ヶ月も血糖と、ヘモグロビンA1c以外の採血を
やっていない。患者さんに、「ヘモグロビンA1cって、どんな検査ですか?」と
訊いても、まともに答えられた人がいないし、「糖尿病は何故コントロールしないと
いけないんですか?」と訊いても、100点満点の回答が返ってきたためしがない
(まあこの二つは、患者さんの記憶力に問題があるという事が分かったが。
ただそれならそれで、患者さんにパンフレットを手渡すとかすべきだ)。

付け加えておくと、眼科にまだ行っていない方が結構いらっしゃるし、おなかのエコーを
撮っている人など皆無に等しい。また腎臓系に異常がある方でも、ベータ2マイクロ
グロブリンという、詳しい検査を全然やっていない。

なぜ、これらは間違いなのだろう?

一つ一つ、解説して行く。


1.糖尿病外来のくせして、何ヶ月もヘモグロビンA1cを測っていない

→W先生解説から、一部引いておく(以下引用)。

血糖コントロールがなぜ大切なのかと言う事ですが、それは「風邪は万病のもと」ならぬ
「糖尿病は万病のもと」だからです。コントロールが良くないと、身体中の血管が
傷んで来ます。(中略)コントロール目標は一概には言えませんが、是非とも
クリアーしたいレベルは、(中略)ヘモグロビンA1cと言う最近1ないし2か月の
血糖コントロールを示す検査が7.0%以下(中略)などです。

(引用終わり)

つまり、血糖コントロールのモニターにヘモグロビンA1c は不可欠である事
(一番大切な指標の一つだろう)、そして検査した日から、1〜2か月さかのぼった期間の
血糖コントロールを示すのだから、1ヶ月おき(か長くても2ヶ月おき。
普通は1カ月おきだが)には測らなければならないという事だ。

ちなみに何人かの患者さんたちによると、医者から「3カ月おきでいい」と
言われていたらしい。それがもし本当なら、もう何をかいわんやである。


2.患者さんに、カロリー制限のための栄養指導を全くやっていない人がゴマンといる

→再びW先生解説から、一部引こう(以下引用)。

現在の医学界での糖尿病の定義は、大体こんな所です。

「インスリン作用の絶対的または相対的な不足により起こる、高血糖を中心とした
種々の代謝異常」

どうかここで読まれるのを止めないで下さい。これだけで済ます気はもちろん
ございません。この中の言葉をーつーつ解説致しましたら、糖尿病の本体に迫って
行けると思えばこそです。

まず「インスリン」とは、「血糖」即ち血液の中のブドウ糖(砂糖ではありません)を
減少させる「ホルモン」です。

(中略)

糖尿病の患者さんではインスリン作用が不足しているのですから、無駄使い
──過剰に栄養分(特にカロリー)を体に取り込み、インスリンの負担を増やす事──は
良くないのはお分りですね。

「甘い物を食べると糖尿病になる(あるいは悪くなる)」とお考えの方もいらっしゃる
ようです。もちろん甘い物の食べ過ぎは良くは有りませんが、甘くない物でも同じ事です。
1日の制限力ロリーを指示致しますので、どうかその範囲内でお召し上がり下さい。

(引用終わり)

僕は、患者さんには最近こう説明している。

「糖尿病の治療は、家のようなものです。家族が二人や三人なら、家は一階で
すむでしょうが、子どもが生まれたり両親を引き取ったりして、五人六人と
増えてきますと、二階にしなければ手狭になります。さらに妹が出戻ったり、
兄さんが破産したりして八人九人と増えれば、それでもまだ狭いので、
三階にしなくてはなりません。」と。

これが何の例えかと言うと、家族が増えていくのは、糖尿病の程度が悪化していく事
(あるいは最初から悪い事)、一階と二階と三階は、それぞれ食養生(カロリー制限)や
場合により運動、飲み薬、そしてインシュリン注射だ。ただ糖尿病の治療が家と
違うところは、二階でダメなら二階をどけて、三階を一階の上に置くことだが。

ちなみに、カロリー制限をせずに飲み薬やインシュリンをやるのは、「一階を作らずに
二階や三階を作るようなものです」と、僕は患者さんに説明している(事実その通りだ)。


3.何ヶ月も血糖と、ヘモグロビンA1c以外の採血をやっていない

→例によって、W先生解説から一部引こう(以下引用)。

「種々の代謝異常」ですが、代謝とは栄養分が私たちの体内で分解されたり、
逆に合成されたりする事です。先程申しました、糖の貯蔵──この際糖はさらに
大きい分子に合成されます──や分解も代謝です。しかし糖尿病では、糖だけでなく
脂肪やたんぱく質の代謝も異常をきたします。ですから血糖さえコントロールすれば
それでいいというものではありません。必ずコレステロールなども定期的に測りましょう。

(引用終わり)

完璧な解説だが、あえて付け加えれば、飲み薬やインシュリンを出している患者さんなら、
副作用のチェックも必要だ(糖尿以外の薬も出ている患者さんも入れれば、圧倒的大多数に
なるだろう)。そのためには肝機能や腎機能、貧血検査もせねばならない。肝機能に
ついては、糖尿病の場合「脂肪肝」という、文字通り肝臓に脂肪がたまった状態に
なりやすいし、また腎機能は、糖尿病の合併症の早期発見のためにも必要だ。


4.患者さんに、「ヘモグロビンA1cって、どんな検査ですか?」と
訊いても、まともに答えられた方がいない

→W先生解説から(以下引用)。

コントロール目標は一概には言えませんが、是非ともクリアーしたいレベルは、
空腹時血糖140以下、随時血糖(普通食後2時間)200以下、あとヘモグロビンA1cと言う
最近1〜2か月の血糖コントロールを示す検査が7.0%以下、また血液中の脂肪正常、
標準体重の維持、合併症の進展が無い事などです。合併症の検査にもご協力下さい。

(引用終わり)

つまりこれだけの検査をしないと、糖尿病を「診ている」とは言えないという事だ。
そしてその結果を説明しないと、患者さんに治療に参加して頂けないという事だ。
糖尿病に限らず慢性病は全部そうだが、患者さんの参画なしには治療出来るものではない。

中島らもさんが言っていた(正確には、小説に出てくる医者に言わせていた)が、
医者というのは、駅まで行く道を教えてあげるタバコ屋のおばあさんのようなものだ。
その通りにして駅までたどり着ける人もいるだろうし、したけれどもたどり着けない人も
いるだろう。あるいは最初から、駅まで行こうとしない人もいるかも知れない。
いずれにしても、駅まで一緒に行ってあげる事は出来ない。

ただこれは、5.についても言える事だが、医者だけが悪いと言えない面もある。

患者さんにも、やはり自分の病気の事くらいは、勉強して頂きたいものだ。
その気になれば、本屋さんにはいくらでも、素人さん向けに病気を解説した本があるはずだ。

とりあえず僕は、患者さんにはW先生解説をコピーして、説明に使用しては配布する事に
した。

ちなみに、W先生の数値は少し古い(昔の資料だから仕方ないが)。最近学会では、
空腹時血糖は130以下、随時血糖(食後2時間)は180以下、あとヘモグロビンA1cは
6.5%以下に抑えるべきだという意見が主流になって来ている。

ただ医者も人間だから、つい慣れ親しんだ数値を、治療目標にしてしまいがちなのだが。


お次は、まとめて3つ行く。


5.患者さんに、「糖尿病は何故コントロールしないといけないんですか?」と訊いても、
100点満点の回答が返ってきたためしがない

6.眼科にまだ行っていない方が結構いらっしゃる

8.腎臓系に異常がある方でも、ベータ2マイクログロブリンという、詳しい検査を
全然やっていない

→例によって、W先生解説から引いておく(以下引用)。

そもそも血糖コントロールがなぜ大切なのかと言う事ですが、それは
「風邪は万病のもと」ならぬ「糖尿病は万病のもと」だからです。コントロールが
良くないと、身体中の血管が傷んで来ます。「糖尿病は血管の病」とも言えるでしょう。
糖尿病に特有なのは細い血管の障害で、目──正確には「網膜」と言う光を感じる所──や
腎臓、神経などがだめになって行きます。目がだめになると失明しますし、腎臓だと
週に3回3時間人工腎臓につながれ、好きなものもなかなか食べられなくなります。
また動脈硬化も起こりやすく、ひいては心臓発作や脳卒中に結びつきます。
こういった害を、「合併症」と言います。またガンも発生しやすいですし、
いろいろなばい菌による病気も起こります。但しコントロールが良ければまず大丈夫です。
以上まとめますと、

「糖尿病は決して怖くない(ただしコントロールが良ければ)」と言う事です。

(引用終わり)

つまりまとめると、糖尿病に特有な合併症は目──正確には「網膜」──や
腎臓、神経に起こり、特有でないのは動脈硬化、ガン、ばい菌による病気(医者の
言葉では、「感染症」と言う)という事だろう。特に大切なのは、網膜、腎臓、
動脈硬化の3つだ。

ところが患者さんに訊いてみても、この3つを全部言えた方がいない。網膜症と、
あと「足が腐る」(これは神経と感染症、動脈硬化に関係がある)の二つだけ言える方は
結構いるが。多分それだけしか、医者が説明していないのだろう。全く、
何をか言わんやである。

もちろん前述の通り、患者さんは説明した事を往々にしてすぐ忘れる事が、
自分の経験から分かったので、W先生解説は、説明した事を忘れた方にはもう1回、
しつこく手渡すようにしている。


7.おなかのエコーを撮っている人など皆無に等しい

→再び、W先生解説から(以下引用)。

膵臓の病気のためインスリンの分泌が減る事も
有りますので、一度はおなかの超音波(エコー)もしておきましょう。

(引用終わり)

ちなみに膵臓の病気の中で、決して見逃してはいけないのは膵臓癌である。
もちろん見つけた時点では、往々にして手遅れだったりもするのだが。


各論はこのくらいにして、結びとしよう。

そういうわけで、僕の外来には、やる事が山積みだ。

まず病名をリストアップせねばならぬし(糖尿病外来なので、糖尿病は大体皆さん
お持ちだが、他の病気をお持ちの方も多数いらっしゃる。高血圧や高脂血症が多い)、
今までのデータにも目を通さなくてはならない。それを、カルテにも書かねばならぬ。
最初の診察では、お体を上から下まで診察せねばならないし、パソコンに(薬と検査は、
パソコン入力だ)ヘモグロビンA1c毎月の件を入れねばならぬ。栄養指導や眼科受診の
有無を聞き取って、まだの方には用紙や紹介状(しかもうちの病院では、眼科は
外来患者さんは診てくれないので、院外用の長い紹介状!)を書かねばならないし、
ヘモグロビンA1cの意義や糖尿病コントロールの意義をお分かりかどうかテストして、
ほとんど全ての方には説明せねばならない。

そういうわけで、外来を始めて半年経ったが、エコーまで手が回っていないのが実情だ
(どの患者さんも、毎月僕の所にいらっしゃるわけではないし、5週や6週や、中には
2月に1回しか受診されない方もいらっしゃる)。動脈硬化のチェックのため心電図も
したいが(心臓に行く動脈に、硬化があると分かることがある)、それもほとんど
手がついていない。

ある患者さんなどは、「2時間半待たされた。あんたの外来は、他の先生に比べて
待ち時間が長すぎる」みたいな事をおっしゃって下さった。僕が「私も(年上の
患者さんには、僕はこの一人称を使っている)患者さんのために必要な時間しか、
ここ(診察室)では使っておりません。それでもしご不満なのであれば、他の先生に
かかられるか、そうでなければいっそのこと、他の病院に行かれるかしかないと
思います」と言っても、同じ事をテープレコーダーのように繰り返しておられた。

これは、まさに「恩を仇で返す」行為だ。

もし「人は適当でいいけども、自分はちゃんとやって欲しい」という事だったら、
それは虫が良すぎるというものだろう。

言っておくが、僕は「医者だから、患者さんの命を助けるのは当たり前やないか」とか、
「お金もらってるんやから、仕事するのは当然やろ」とかおっしゃる方とは、
話はしたくない。

高いレヴェルの医療を提供する医者には、それだけの感謝と尊敬を得る権利がある。
少なくとも、僕はそう思っている。

こういう「恩を仇で返す」患者さんは、他にもいる(ちなみに、どちらもB病院だ)。

お一人はVol.15で言った(

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の、「メールマガジンバックナンバー」を乞うご高覧)、トンデモ医者に肝臓ガンを
見落とされて、手遅れにされた人だ。

僕はこの医者の外来を引き継いで、肝硬変と肝ガンを見つけたのだが、一回目の入院の時は
僕が担当医になった。

しかし二回目の入院の時は、何故か僕の担当を断わった(そのときの担当医に理由を
訊いたが、「分からん」の一言だった)。

で上司がバカだから、僕を責め立てたのだ。

僕はこの患者さんに、初めてまともな医療をした医者ではないか。一体僕に、
何の恨みがあるのだと言いたくなった。

もうお一人は、胃癌の手術(亜全摘、つまり3分の2くらい胃を切る手術)後の
患者さんで、残った胃に出来た癌を、僕が胃カメラで発見した人だ。

つまり僕は、言ってみればばこの人の「命の恩人」なわけだ。

ところがこの人は、「残念ですが、協議の結果胃を取らざるを得なくなりました
(胃カメラによる治療なら、手術と違って胃は取らなくていい)」との僕の言葉を
不満として、同じ系列の他の病院に移ったのだ。

ならどう言えばいいのだ。

まさか、「いやー、胃を全部ばっさり取りましょう! よかったですな! 
ワッハッハ!」と言えと言うのではあるまい。

胃を全部取ると、うまいものは食べられなくなるし、栄養の吸収不良のために
ある種の貧血とかも起こるし、「ダンピング症候群」という症状も起こるし、
とにかく大変なのだ。

で例によって上司はバカだし、外科の医者も負けず劣らずバカだから、僕をご叱責下さった。

全く、バカは死ななきゃ治らない(死んでも治らないか)。


次回こそは、音楽ネタとしたい。内容はまだ秘密だが、乞うご期待。
但し、3月5日は休むかも。悪しからず。12日には出したいので、どうかよろしく。



最後まで読んでくれて、本当に有難う。ご意見、ご感想、ご質問等は

hide@helio-trope.com

までどうぞ。「こんな話が聞きたい」というリクエストも大歓迎だ。
(ここで紹介させてもらう事が有るので、それを希望されない方は
乞うご明記)


それとくどいようだが、このメルマのバックナンバーが、僕のHPで読めるので、

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