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歌う医学博士・Hideが行く
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Vol.53. ボサノヴァ講座・中級編 (完全版)
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ボサノヴァ講座・中級編の完全版を作ったので、ここで公開するがその前に、
僕がボサノヴァ講座をやる理由を、Vol.22から引用しておこう(以下引用)。
断っておくが、僕は日本フォノグラム株式会社にもナラ・レオンにも、何の義理も無い。
ただこのボサノヴァと言う素晴らしい音楽を知る方が、この世の中に一人でも増えて
欲しいと思うだけだ。そうすればボサノヴァの素晴らしいレコードの数々が、
日本でもっと手に入りやすくなり、またボサノヴァの素晴らしいアーティストたちも、
どんどん日本に来てくれるからだ。またボサノヴァがやれるライヴハウスや
ライヴバーが、どんどん増えてくれるからだ(まあこのへんは遠い夢だが)。
山川健一さんという、作家でバイク評論家で、かつロック・ミュージシャンという
なかなか凄い人がいる。ストーンズ・フリークでもあり、ストーンズのアルバムに
短編小説を書いていたりしたので、ストーンズのファンの方はご存知かも知れない。
この人は、「ブルースの伝道師」と自称している。
山川さんの言葉を借りれば、僕は「ボサノヴァの伝道師」なのかも知れない。
(引用終わり)
そういうわけで、もしよろしければお友達にもご転送下さい。
もう一つ前置き。今まで、いろいろなボサアルバムを紹介して来た。
これらがはたして、最高のラインアップなのかどうかは、僕には分からない
(「これを忘れてるぞ!」というのが有れば、ご遠慮なく
hide@helio-trope.com
までご指摘頂きたい)。
ただ僕のガイドの通りアルバムを買って行けば、少なくともそんなに大きなハズレは
ないはずだ。それは保証する。
もし「ガイドの通りアルバムを買ったけど、全然いいと思わない」という事であれば、
多分あなたはボサに縁が無かったという事だと思う。ゴメンナサイ。
それでは本題。
Hideのボサノヴァ講座・中級編
中級編では、三人の素晴らしいボサ・レディーたち(そんな言葉はないか?)を
紹介しよう。一人目は中級編なので、そろそろこの名前を出す。
アストラッド・ジルベルト。
えっ?「何で中級編なんだ!遅すぎるぞ!」って?
確かにもっと早く出すべきだったかも知れぬ。何せこの人は、初級編で言った通り、
「イパネマの娘」が1963年大ヒットして、ボサノヴァが全世界でブレイクした時、
このテイクの後半のヴォーカルを担当した人なのだから。
(ちなみにプロデューサーが、マスターテープに魔法のハサミをふるったこと、つまり
前半のジョアンによるヴォーカル(ポルトガル語)をカットし、ヴォーカルは
後半(英語)のみにしたことが大ヒットの要因だったのも、初級編で言った通りだ。)
にもかかわらず、あえてこの人を中級編に持ってきたのは、今の彼女の音楽をボサと
呼んでいいのかどうか、僕には分からないからだ。
もちろん彼女の今の音楽は、それはそれで一つの世界を築いており、僕も結構好きなのだが。
’63年ヒットした「イパネマの娘」は、今ではこのアルバムで、「魔法のハサミ」の
入っていない完全な形で聴く事が出来る。
ゲッツ/ジルベルト(発売:ポリドール株式会社)
このタイトルの「ジルベルト」は、実はアストラッドではなくジョアンの事だ。つまり
このアルバムまでは、アストラッドはジョアンの夫人で、ただの専業主婦だった。
もちろんジョアンに歌は仕込まれていたようだが。
それがこの大ヒット1曲で、彼女は一躍スターの仲間入りを果たす。そして「ゲッツ/
ジルベルト」でテナー・サックスを吹いていたスタン・ゲッツとともに、その輝かしい
キャリアを重ねていく。
その一方ジョアンはと言うと、その後アストラッドとも別れ、一時はドラッグ等で
身を持ち崩しかけた事もあったらしい。実に罪な──少なくとも一面では──
「魔法のハサミ」だったわけだ。
「ゲッツ/ジルベルト」に話を戻そう。このアルバムについてよく言われるのは、スタン・
ゲッツのサックスの音量のバランスが大きすぎるという事だ。
確かにそれは否定出来ない。たぶんゲッツには、ボサノヴァの何たるかが分かって
いなかったのか、あるいは単に目立ちたがりだったのか、さもなければ
その両方かだったのだろう。
初級編で、
ボサノヴァの歴史 ルイ・カストロ著 JICC出版局
という本を紹介したが、この本にはこんな事が書いてある。(以下引用)
「トム(Hide註:アントニオ・カルロス・ジョビンの事)。このグリンゴ(Hide註:
中南米人がアメリカ人等を蔑んで呼ぶ言葉。日本語で言えば「アメ公」あたりか)に、
おまえは馬鹿だって言ってくれよ」と、ジョアン・ジルベルトはトム・ジョビンに
ポルトガル語で命令した。
「スタン。ジョアンは、彼の夢はあなたとレコーディングすることだったと言っている」
と、ジョビンは英語で伝えた。
「オモシロイネ」とスタン・ゲッツは恥知らず語で答えた。「声の調子じゃ、
彼はそう言ってはいないようだ......」。(引用終わり)
つまりこの美しい音楽も、作られ方は決して美しくはなかったという事だろう。
バランスに目をつぶれば、ジョアンのささやくようなヴォーカルや淡々とリズムを刻む
ギターも、ジョビンのクールなピアノも、そしてアストラッドの可憐な声もとてもいい
(音程は若干甘い所もあるが)。スタンのサックスも、音自体は決して悪くない。
アストラッドのヴォーカルは、「コルコヴァード」でも聴ける(これまた英語だ)。
これも実にかわいらしい。
「かわいらしい」と言っても、もちろん日本のアイドル歌手たちのような
可愛らしさではない。しっとりして落ち着いている。音程の多少の不安定さは
否めないが、それはご愛嬌として許してしまおう。
きっと彼女は、神様が’63年のニューヨークに咲かせてくれた、一輪の花だったのだろう。
さてお勧めのアルバムだが、まず初期の彼女──ボサノヴァだった頃──を知りたい
あなたには、
イパネマの娘/ベスト・オヴ・アストラッド・ジルベルト(ポリドール株式会社)
をお勧めしたい。アルバム「ゲッツ/ジルベルト」の2曲もしっかり入っているが、
やはりイチ押しは、「トリステーザ」だろう。これほどノリのいいボサ・サンバ・ナンバーは
なかなか無い。個人的な話をすれば、僕も弾き語りで挑戦した事があったが、
英語の詩が聴き取れず挫折した事がある(アルバムは英語なのに、
歌詞カードはポルトガル語!)。
「過ぎし日の恋」、「瞑想」「ディンディ」、「ビーチ・サンバ」、「お馬鹿さん」
などの名曲もとてもいい(そう言えば尾崎亜美さんのデビュー曲も「瞑想」という
タイトルだが(曲は全然違う)、この辺から来ているのだろうか)。
もしその後の彼女の音楽に興味がお有りなら、
ライヴ・イン・NY(ポニーキャニオン)
がいいのではないだろうか。
この音楽が、どうジャンル分けされるのか僕には分からないが、強いて言えば
「ブラジリアン・フュージョン・ポップ」とでもなるのかも知れぬ。結構落ち着いた感じで
僕は好きだ。「ワン・ノート・サンバ」、そしてもちろん「イパネマの娘」以外は、
渋い目の曲が多い。
僕は、確か ’91年頃彼女のコンサートが大阪であった時に行ったが、
その時と基本的にアレンジ等は変わっていないようだ。
その時彼女は、かなり体の線が出るセクシーなコスチュームを身につけていたのが
印象的だった。当時でも40代後半のはずなのだが、しかしそれがまた余り
違和感が無かった。
きっと彼女は、神様に選ばれた、永遠の「イパネマの娘」なのだろう。
それでは二人目のボサ・レディだ。この人の話ができるのが、僕は嬉しくてしょうがない。
その名はこうだ。
ジョイス。
この人について一言で言うなら、やはり「ボサノヴァの女神」だろう。
音楽が人の形をとって、この世に現れたような人だ。
彼女は素晴らしい曲を書き、そしてその歌たちを、頬を撫でるそよ風のような、
実に優しくかつ落ち着いた声と、自由闊達な節回しで歌う。
そのフェイクやスキャットの奔放さは、まるで矢野顕子のようで、彼女の人柄を偲ばせる。
きっと優しくて洒落っ気があり、また一つ所にとらわれない、自由な物の考え方を
する人なのだろう。
しかし優れた感性には、それを支える知性が必要だ。この点も彼女は十二分に
クリアーしている。何しろ彼女は英語やフランス語など数ヶ国語を操る才女で、
もと新聞記者だったのだから。
ところが神様は彼女に三物だけでなく、四物も五物も与えた。と言うのも彼女は
ギターの名手でもあり、また僕ら男性には嬉しい事に、まれに見る美女でも
あるのだから。 "Joyce Tom Jobim...Os Anos 60"というアルバムのジャケ写とかは、
モデルとしても通用するのではないかと思うくらいだ(もっとも最近は寄る年波には
勝てず、さすがにトウがたっては来ているが)。
僕はまるでストーカーのように、彼女のアルバムは見つけ次第全て買っている。
すでに僕の手元には、23枚のアルバムがある(もちろん彼女のリーダーアルバムでは
ないのも混じってはいるが)。
とりあえず、これを聴いてみて欲しい。
フェミニーナそして光と水(東芝EMI)
これは「フェミニーナ」と「光と水」という、80年代に出たアルバムの2in1盤だ。
それで2800円(税込み)なのだから、かなりお買い得だ。
お勧めは、やはり「フェミニーナ」と「サンバ・ジ・ガーゴ」だろう。
前者について言えば、これほどノリのいいボサ・サンバ・ナンバーはなかなか無い
(ちなみに僕は昔ベースも弾いていたので、ベースラインのカッコ良さについ耳が行く)。
後者ではアコーディオン風の音色のシンセ(?)とのユニゾンで、アル・ジャロウばりの
16分音符バリバリの、超絶スキャットが聴ける。あと「ムッシュ・ビノー」とかも
いい感じだ。
それとボサノヴァ史的には、「或る女」に触れないわけには行かないだろう。
ライナーノーツから引用しておく(以下引用)。
エリス・レジーナが女性としての生き方、心情に共感して歌い上げて大ヒットさせた曲。
(後略)
次に、こんなアルバムが有る。
ジョイス&トニーニョ・オルタ/セン・ヴォセ(オーマガトキ)
これはジョイスが、「ブラジルのパット・メセニー」と異名をとるギタリスト、
トニーニョ・オルタのギターのみをバックに吹き込んだアルバムだ
(何曲かはジョイス自身もギターを弾いているが)。
実にシンプルな編成ではあるが、ジョイスの歌とトニーニョのギターが、
全編これさすがのハイテクニックの応酬で、全く音の薄さを感じさせない。
ジョイスの歌は、例によって自由奔放だ。それにトニーニョも、
いろいろなギターテクニックを繰り出して、十分に応えている。
このアルバムは、全編ジョビンの曲だ(ジョビンについては、Vol.22を乞うご高覧)。
「彼女はカリオカ」、「ジンジ」、「ソ・ダンソ・サンバ」、「オウトラ・ヴェズ」、そして
タイトルナンバーの「セン・ヴォセ」といったおなじみの──悪く言えば手垢のついた──
名曲の数々を、実に斬新に料理している。彼らのジョビンへの憧れと尊敬が、
こちらまでビンビンに伝わって来るようだ。
とにかく一度、だまされたと思って、このアルバムを聴いてみて欲しい。自分の言葉が
多分、このアルバムの素晴らしさを、一万分の一も伝えられていないだろうと思うと、
もどかしい限りだ。
続いて、
Delirios De Orfeu(デリーリオス・ヂ・オルフェウ) (NEC)
というアルバムがある。横文字ばかりだが、国内盤なので安心して欲しい。
多分あのパソコンのNECが、レコードもやっているのだろうか。
こういう風にアルバムを、会社名入りで紹介して行くと、「へー、こんなレコード会社も
有ったのか」とか、いろいろ新しい発見がある。それも読者の皆さんのおかげだ。
どうも有難う。
話を元に戻そう。このアルバムで僕が好きなのは、"Speak Low" と、"Tenderly" の
2曲だ。ジャズに詳しい方はご存知だろうが、2曲ともジャズのスタンダードナンバーだ。
ジョイスはこの2曲を選んだ理由について、こう言っている。「どんなに有名な曲でも、
歌詞が良くない曲を歌うのはイヤ。この2曲は、英語で書かれたものの中でも、
特に詞が美しいから歌ったのよ。」と。
これはやはり彼女が、シンガーソングライターでもあるからだろう。
僕もシンガーソングライターの端くれだから、この気持ちは分かるような気がする。
つまり、「この曲は詞が嫌いだけど、自分で詞が書けないから仕方なく歌ってるんだ」
という言い訳が、通用しないという事だ。
そう言えば日本の、確か女性のシンガーソングライターもこう言っていた
(誰かご存知の方は教えて下さい)。
「私はシンガーソングライターだから、自分の歌う曲の詞にはこだわっていたい」と。
これも同じ事が言いたいのだろう、きっと。
どうも話がそれる。"Speak Low" と、"Tenderly" に話を戻そう。
ジョイスのアレンジは、どちらも落ち着いたスロー・ボサだ。個人的な話だが、
前者は僕も昔、当時の相棒のギタリストと二人でやっていた時、ライヴで歌った事がある。
そう言えば僕の大好きなジャズ・シンガーに、ダイアン・シューアという人がいる
(ちなみに彼女の存在は、後輩の女医さんに教えてもらった)。
この人も "Speak Low" を、やはりスロー・ボサで歌っている。どうやらジョイスが、
ダイアンを真似たようだ。お互い知らないわけは無いだろうし。特にジョイスは、
ジャズにも造詣が深い。このアルバムでも、ジャズ・ピアノの大御所
ハービー・ハンコックの、"Cantaloup Island" という曲を取り上げているほどだ。
そう言えばナラ・レオンも、スタンダード・ジャズのボサ・カヴァー集を
2枚出している。「あこがれ」と、「いつか・どこかで」だ。これもお勧めだ。
もう一つ言うと、ジョアン・ジルベルトも、"S' Wonderful" をボサカヴァーしている。
やはりブラジルのミュージシャン達にとって、ジャズはあこがれの音楽なのだろう。
ここから国内盤はネタ切れなので、輸入盤編に入る。悪しからず。
Music Inside (PolyGram Records)
というアルバムが有る。
僕はこれを、確かなんば花月の近くの量販店で買った
(ちなみにこの店は、今はもうつぶれている)。
堺東に、"Crap" というライヴハウスがある。昔僕は、その頃のギターの相棒と二人で、
この店で演っていた。
ここに出入りしていた女性ヴォーカリストに、ボサに詳しい人がいて、僕が相棒と
このアルバムから、"Esseitial" という曲を取り上げてやっていたので、
このアルバムが手に入れにくい話をしたのだが、その人は入手出来ると言っていた。
よろしければ皆さん、探してみて下さい。
このアルバムは、英語圏のマーケットを意識してか、英語の曲が多い。
ビートルズの "Help" とかもカヴァーしているが、僕が好きなのはやはり
"Esseitial" だ。
何がいいかと言って、もう全ていい。曲もいいしアレンジもいいし、歌ももちろんいい。
そして何よりも、詞がすごくセクシーでいい。
僕のつたない訳で恐縮だが、ここに紹介しておく(多少意訳したので悪しからず)。
私のルームナンバーを訊かないで
帰らないかも知れないから
「前に会わなかった?」とか訊かないで
私は言わないから
夏のそよ風よりも軽く
宙をただよう音楽のような
甘い驚きに私はなれるでしょう
あなたを連れて行ってあげる
私は私なの、それを分かってくれないと
あなたとは一緒にいられない
そしてあなたに、私たちが
自由でいられる方法を知ってほしいの
一番甘いパッションフルーツより甘く
きっと私はなれる
でも私たちがしないといけない事があるの
それを言うわ
陽の光のように欠かせない
生きる事のように欠かせない
息をするように欠かせない事、それは、
メイキン・ラヴ...。
ジョイスの、彼女自身のリーダーアルバムの最後を飾るのは、
Joyce Tom Jobim...Os Anos 60 (EMI-ODEON BRASIL)
だ。
ジョイスの話の最初のところで、僕は「"Joyce Tom Jobim...Os Anos 60"という
アルバムのジャケ写とかは、モデルとしても通用するのではないかと思うくらいだ」
と言ったので、男性の方は特にお一人くらいは、頭の片隅に残して下さったのでは
ないだろうか。
このアルバムはタイトルの通り、ジョビン作品集だ。" 'S wonderful" を除いては、
全編ジョビン・ナンバーだ。それも「コルコヴァード」、「ウエイヴ」、「過ぎし日の恋」、
「デサフィナード」、「彼女はカリオカ」、「イパネマの娘」、「お馬鹿さん」、
「ワン・ノート・サンバ」、「ノーモア・ブルース」、「フェリシダージ」と、
ほとんどスタンダード集、名曲集と言っていい。
ただ、そんじょそこらのスタンダード集ではない。全編これ彼女一流のフェイクや
スキャットがバリバリで、他のシンガーのスタンダード集とは一味も二味も違う。
特に「イパネマの娘」とかは、完全に手垢のつききった超スタンダードナンバーなのだが、
彼女はこの曲を何と英語で歌って意表をついている。のんびりと転がすような歌い方も
面白い。
とにかく表現をやる人間にとって、人と同じ事をやるのは恥なのだが、彼女は多分、
「自分は渋めのナンバーをやらなくても、十分に人と違う事が出来る」という事を
言いたかったのだろう。
そう言えば僕の理論の師である(と言っても直接教わった事はないが)、福島英さんと
いうヴォイストレーナーも、「オリジナルをやらなければオリジナリティーが
出せないようでは、ヴォーカリストとして失格だ。スタンダードナンバーを歌って
自分の持ち味を出せてこそ、本物のヴォーカリストだ」みたいな事を言っている。
もしそうだとすれば、ジョイスは本物のヴォーカリストなのだろう(当たり前だが)。
オムニバスアルバムでは、
Get's Bossa Nova cerebrate 40 years!! (ポニー・キャニオン)
というのが有る。
これは名前の通り、ボサノヴァ誕生40周年記念のアルバムだ。以前言った
ワンダ・サーやロベルト・メネスカルの他にも、ジルベルト・ジル、イヴァン・リンス、
パウロ&ダニエル・ジョビン(ジョビンの息子たちだ)、カルロス・リラ、
マルコス・ヴァーリ、クララ・モレーノ(ジョイスの娘)、オス・カリオカス...と、
そうそうたるメンバーが、それぞれ一曲ずつパフォーマンスしている。
しかしやはりピカ一は、ジョイスの "Nara" だろう。
これは読んで字のごとく、ナラ・レオンへのデディケートナンバーだ。こんなに美しい
バラード・ナンバーはめったに無いだろう(曲はロベルト・メネスカルの
ペンになるものだ。「小舟」とかもそうだが、やはり大した才能だ)。
そして、ジョイスのペンになる詞も素晴らしい。彼女のナラへの尊敬の気持ちが、
ひしひしと伝わって来る。ちなみにこの曲を歌い終わったあと、
彼女は泣いてしまったそうだ。
訳詞を引用しておく(無断ですけど、宣伝になりますし許してくれますよね、
ポニー・キャニオンさん?)。
歪んだ月が
レメの海へ昇っていく
青白い翼を優しく広げ
その時がきたことを告げる
コパカバーナが
おぼろな光の中で泣く
甘美な時が 涙のように点滅し
オーロラの光に ゆったりと輝く
ナラの風景
そこでは ありとあらゆるミュージシャンたちが
ナラの色に染め上げられる
ナラの朝
そこでは リオが幾千もの歌に彩られて
夜明けを迎える
幸福な時代の思い出
私たちの世代を豊かにしてくれた夢
ナラ
千のサンバと千の詩人が
あなたを讃えているわ
賛歌は今もイパネマから立ち昇り
グアナバーラの空を照らしてる
(引用終わり)
ちなみに今この曲を聴いていると、次のトラックのジョビンの娘の下手な歌が
聴こえて来て、余韻がぶち壊しだ。中原仁とか言う評論家が、ライナーノーツで
「ブラジル版アンフォーゲッタブル」などと言っているが、それはいくら何でも、
ナタリー・コールに対して失礼というものだろう。皆さんにはTrack5は、
とばして聴かれる事をお勧めする。
そう言えば一曲目は「デサフィナード」で、これは前述の豪華キャストが
ワンフレーズずつ歌っている。こちらは「ブラジル版ウイアー・ザ・ワールド」の
名に恥じないだろう。
あとジョイスが他人のアルバムに参加している例としては、僕の好きなのには
クレモンティーヌ/レ・ヴォヤージュ(ソニー・ミュュージックエンターテイメント)
がある。「トリステーザ」がイチ押しだ(残念ながらジョイスはこの曲には
参加していないが)。
熱心な読者の方(特にボサノヴァ講座の)は、「トリステーザ」という曲を
ご記憶かも知れない。そう、アストラッド・ジルベルトの時紹介した曲だ。
実にノリがいい。実は僕はこの曲をラジオで聴いて、このアルバムを買った。
シブいところでは、
ワンダ・サー&セリア・ヴァス/ブラジレイラス
をお勧めする。どの曲がという事はなく、全体にいい。
ちなみに「ブラジレイラス」とは、「ブラジル女性たち」という意味のようだ。
三人目、そして最後の人は、
アナ・カランだ。
彼女もジョイスと同じで、ギターを操るシンガー・ソングライターだ。音楽理論にも
精通していて、あるアレンジャー(だったと思う)に弟子入りをお願いしに行くと、
「こっちが弟子にしてほしいよ」と言われたそうだ。
また才だけでなく色も兼備しているところもジョイスと共通していて、
僕ら男性には有り難い。
ヴォーカリストとしては、ジョイスほど個性的ではない。ただ声の美しさには、
なかなか捨て難いものがある。
国内盤は2枚しか出ていないが、やはりこれだろう。
Sunflower Time (マーキュリー・ミュ−ジックエンターテイメント)
イチ押しはなんと言っても、"Overjoyed〜Ancora" だ。
"Overjoyed" はポップスに詳しい方はご存知かも知れぬが、
かのスティービー・ワンダーの曲だ。 "Ancora" は彼女のオリジナルだ。
彼女はこの2曲をメドレーで、このトラックだけギター1本の弾き語りで、
いずれもスロー・ボサで歌っている。
これはもう、天上の音楽だ。
この1曲だけで、もうこのアルバムは買う価値がある。
だまされたと思って聴いてみて欲しい。
僕も "Overjoyed" の弾き語りに挑戦するため、わざわざスティービー・ワンダーの
楽譜を買ったくらいだ。ただ彼女のような、天上の音楽は作れなかったが。
やはり才能の差なのだろう(当たり前か)。
"Overjoyed〜Ancora" の他にも、"Close To You"(言わずと知れた、
カーペンターズの曲だ。杏里さんもカヴァーしている)もしっとりとした感じで
いい。"Wave"とかはスタンダードナンバーだが、ポップ・バラード調のアレンジで
聴かせる。
次は輸入盤だが、やはりこれを紹介しないわけには行かないだろう。
The Other Side Of Jobin (Chesky)だ。
これは読んで字のごとく、ジョビン作品集である。
ギターを操る女性シンガーソングライターということで、どうしてもジョイスと
比較してしまうのだが、ジョイスが前述の "Joyce Tom Jobim...Os Anos
60"
(EMI-ODEON BRASIL)というジョビン曲集で、かなりメジャーな曲ばかり
やっているのに対し、アナは渋めの曲ばかり取り上げている。
お勧めのトラックだが、"Esperanza Perdida" と "Caminhos Cruzados" は
そこそこ軽快、そこそこしっとりでいい。”Ana Luiza" と
"Eu Nao Existo Sen Voce" は、実に美しいバラードだ。"Correnteza" は、
ブラジルの自然をイメージさせ、少し不思議な世界に誘ってくれる。"Sem Voce" と
"Eu Te Amo" は、スティーヴ・ザックスのそれぞれソプラノサックスとフルートが、
実に美しい(ちなみに前に言った、アナが弟子入りしようとして、逆に弟子に
して欲しいと言ったのはこの人だ。"Eu Te Amo" だけは、ジョビンではなく
Heitor Villa Lobosという人の作品だが、バラードの佳曲だ)。"Samba Torto" は
実にノリがいい。
つまり...、ほとんど、いや全ていいのだ。やはりジョビンは、不世出の作曲の天才だ。
アナもジョビンに敬意を払う一人であるのは間違いないところだろう。
あと、国内盤なので、
ポストカーズ・フロム・リオ(チェスキー・レコード)
も紹介しておこう。
お勧めは「アントニオの歌」だ。これはマイケル・フランクスが、ジョビンに
デディケートした曲だ。そう言えば、日本の女性歌手が日本語でカヴァーして
歌っていたので、ご存知の方もいらっしゃるだろう。
またアルバム "Sunflower Time" で、"Overjoyed" とメドレーでやっていた曲、
"Ancora" のバンド・ヴァージョンも聴ける。こちらも悪くない。
これでおしまい。それではHave a good bossa life!